2014年11月26日水曜日

身終いということば

この夏『母の身終い』というフランス映画(2012)を観ました。「母の()(じま)い」と読ませていますこの表現につまずきました。辞書に収まっているのは身仕舞い身なりをつくろい整えることです。仕舞うは了うかたをつける、終わりにすることそのニュアンスを身終いという当て字に込めたというのでしょうか。

そのまえに「身終い」の身です。白川静の『文字講話Ⅰ』によれば「身」は人の字形に腹部を大きくそえた形で「(はら)む」と読むのが原義、妊娠の意とあります。身籠もる、身重に身二つ…身はいのち、文字通りいのちことばの源であり、“からだことば”の柱を指しています。そうだとするなら、身仕舞いから「身終い」身(いのち)はただならぬ方角に舵をきったかのようにみえます

さて、映画『母の身終い』の筋ばれは控えたいですが、ひと言でいえば、50年近く連れ添った夫が先立って後、独り息子のトラックの運転手とも同居せずに一人暮らしをしてきた母の人生最期の身支度が主題ということです。がん治療をしながら働いてきた母が、治癒が望めなくなった段階で予後の終末ケア(緩和ケア・ホスピス)を退けて、合法的な自殺幇助による安楽死を選択し自らの意思で最期を迎えるというはなしです。

ここで「安楽死」という日本語は英語のeuthanasiaの翻訳で、語源は「良き死」を意味するギリシャ語に由来しています。今日、致死薬等を処方して自死を助ける医療行為としての安楽死は、オランダ、ベルギーなどでは合法化され一般化しており、オランダでは年間3千件以上の事例があるといわれています。ところが、フランスでは安楽死は認められていません。そこで映画「母の身終い」は隣国スイスの安楽死を支援する福祉団体との契約に委ねられることになります。

けれど、スイスでも安楽死は認められていません。医師が処方した致死薬を患者自ら服用する手助けについては認めるという自殺幇助です。この法律は世界で最も古く(1942年)、自国民だけではなく外国人の自殺幇助まで可能にしています。映画で垣間見た安楽死に対する肯定観は「あなたは心から“自己救済”の選択をする意思がありますか」(字幕)という問い方にあったようにおもいます。また、自殺幇助当日、福祉団体の責任者が「あなたの人生は幸せでしたか」という問いかけに「人生は人生ですから」という母親の応え方にみえました。
はたして安楽死は身終いということばに置きかえられるでしょうか。結論は急がないようにしましょう。


2014年11月20日木曜日

はじめまして

米沢慧です。齢72、ブログをはじめました。
自己紹介のかわりに私たちがやっている勉強会(ゼミ)を紹介します。

始まりは諏訪ゼミ。いまから17年前、長野県諏訪湖畔の諏訪赤十字病院と富士見高原病院の看護師ら有志15人ほどで21世紀の看護・医療を考えるという看護ゼミでスタートしました。当初は毎月、近年は年4、5回と不定期になりましたが、参加者は看護師の他、施設介護者、宗教者、看護教員に主婦、信濃毎日記者と多彩で、レジュメの記録では今月で128回、参加費は2000円です。諏訪行きは余程のことがないかぎり車を駆って往復6時間、信州の四季を愛でながら出掛けます。この夏には、わが国に近代ホスピスを紹介した岡村昭彦の写真展「岡村昭彦の写真―生きること死ぬことのすべて」(東京都写真美術館)にみんなで出掛けました。

次いで千葉・米沢ゼミ。こちらは2002年、フリー看護師土橋律子さんとの出逢いから。がん患者とは心に串をさした者、自らのがん体験から千葉でがん体験者の自助グループ「支えあう会α」を立ちあげた人です。がんサバイバーの経験にまなび、いのちの深さにふれる真摯なケアに共感してはじまった勉強会。当初は毎月千葉大の演習室で、現在は隔月第3土曜日午後2時から土橋さんとパートナーSさんのリビングルームに馴染みのメンバー7,8人が輪になって4時間ほど、胸襟を開いて語りあいがすすみます。108回目の今月は仏映画「母の身終い」をテキストにしました。

2006年に始まったゼミも二つあります。
NPO法人ホスピス研究会さいどばいさいど(埼玉県東松山市・代表蛭川和省)の米沢ゼミは毎月第3木曜日午後7時から 市民福祉センター研修室で。今月で93回になります。興味深いのは参加者みんなが(私を含めて)車でやって来て9時になるとライトを照らして一斉に夜道に消えることです。なぜでしょうか。それは東武東上線沿線、関越自動車道にそって都市化市街化が加速するなか、歩いては行けない間に合わない生活集落の解体です。それだけに地域の痛みと危機感が持ち込められるゼミです。
同じ2006年に始まった大和・生と死を考える会(神奈川県大和市・代表古谷小枝子)の米沢ゼミは今月で82回。代表の古谷さんのお子さんの死別体験からアルフォンス・デーケンさんの薫陶を受けて立ち上がった会活動はすでに20年。会員の喪失体験はアート感覚から合唱コーラスを生み、竹内敏晴さんの指導を得て朗読劇団「犂」を育て、哲学カフェ等を定着させるなどの実績があります。ちなみに米沢ゼミは温かいおにぎりをいただく(食を分かち合う)から始まる通称おにぎりゼミで定着。毎月第3日曜日会事務所で午後2時から。

そしてもう二つほど、紹介してみます。
一つは芹沢俊介・米沢慧の二人で続けているいのちを考えるセミナー。こちらも10年以上続いている会です。毎月第3水曜日午後7時から9時まで。場所は東京・世田谷の下北沢タウンホール11F。芹沢俊介が「やさしさをめぐって」、米沢慧は「ケアという臨床」をそれぞれ2回連続で交互にレポートします。参加者は毎回15人前後で、施設職員や児童相談所職員、教員、学生に建築家、主婦など。参加費2000円。
もう一つは福岡市での「米沢慧・いのちを考えるいのちから考えるセミナー」があります。これは福岡市内の在宅医二ノ坂保喜さん企画のバイオエシックス研究会の一環として年4回(福岡市早良区野芥4-19-34にのさかクリニック)、6年目に入りました。参加者は20人前後。医師、看護師、ソーシャルワーカー、大学教員、学生、介護福祉士、施設職員、宗教者に主婦等多彩です。年内最後のゼミは1130日午後2時。会費は1000円(学生800円)。なお、九州医事新報(http://k-ijishinpo.jp/article/2014/201410/001636.html)には毎月、佐賀県在住の医師鐘ヶ江寿美子さんの「セミナー報告」が掲載されています。
 上記、おのおのにご関心のある方はぜひ参加ください。


さて、次回からいのちことばにかかわって、書き継いでいきたいとおもいます。