3年前、二人の在宅医のホスピス活動にふれた語らいと講演を一冊にした『病院で死ぬのはもったいない―〈いのち〉を受けとめる新しい町へ』(春秋社 2012)があります。
一人は山崎章郎さん(ケアタウン小平クリニック院長 東京)。「病院は死にゆく人の支えにはならない」と外科医の声を伝えた『病院で死ぬということ』(1990年)は、ひろく読まれ、わが国ホスピス運動の先駆けにもなりました。近年は東京郊外の半径3~5キロにしぼったエリアで医療・看護・介護等から子育てまで、ケアの循環と地域ネットワークが一つになる町づくりがすすめられています。
もう一人は福岡市で外科医から在宅医に転進してキャリア20年、『在宅ホスピス物語』(青海社 2011)の二ノ坂保喜さん(にのさかクリニック院長)。活動は多彩で、バングラディッシュでの医療ボランティア活動をはじめ、重度の障害児の一時預かりの場所として民家を改修した「地域生活センター・小さなたね」の開設など、「人権としてのホスピス」という立場にたって行動している医師でもあります。
本書は多くの読者のこころをとらえましたが、わたしが二人のホスピス医から学んだことは、「人はだれもが逝く力を備えており、また人はだれもが看取る力をもっている」ということでした。
逝く力について
山崎章郎さんはこんな語り口で話してくれました。
〈70歳の女性患者に、「Aさんはいまのご自分の状態をどんなふうに考えていますか」と聞いたんですね。そのわたしの問いかけに患者さんは言葉が詰まってしまったんです。しばらく沈黙があってそのうちに閉じた瞼から涙がにじみ出てきました。そしてか細い声で「余命いくばくもないと思っています」と応えてくださった。それで「余命いくばくもないと考えているんですね。そう感じているんですね」というと、患者さんは閉眼したままうなずきました。そこで「では、もし余命いくばくもないんだったら、これからどうしたいですか」と聞いた。その方は目を開けて「毎日孫に会いたい」と言ったんですよ。「え、どのようなお孫さんですか」ってわたしが聞いたら急にニコッとして孫の自慢話をはじめて「そういうお孫さんだったら毎日会いたいですね」って。それで、われわれの話を固唾を呑むように聴いていたご家族に「Aさんに、毎日お孫さんに会わせてあげてください」とわたしが言ったら、ご家族はほっとした表情で大きく頷いたんです。〉
山崎さんは、Aさんが死を受けとめようとしている場面に「逝く力」をみたのです。そして、この患者の逝く力を支えるために、お孫さんを引き合いにして、家族の「看取る力」が引き出されたのです。
看取る力について
二ノ坂保喜さんは「看取り」の力が立ち上がる場面をある情景から引き出しています。
〈肝臓がん・肝硬変の女性の方でしたが、吐血したんですね。余命があと1~2週間という方。そうすると家族がわっと集まって(動揺して)、もうこれ以上は無理だ、お母さんが倒れてしまう。だから、入院させましょう、入院させると安心だって(救急車を呼ぼうと)いうんです。入院させると安心って誰が安心ですか。自分たちが安心なんです。もう少し突っ込んで「じゃあ本人にとってはどうですか」と問います。「病院に行っても、病気そのものは治らないので症状は変わらない。でも病院にいったらどうなるかっていうと、患者さんにとっては家族から離されるという孤独を背負わされることになります」〉
二ノ坂さんはそこで、家族にこんな訴えをしてみます。「入院するのは治って帰るために入院するんですね。でもいま入院すると家族から見放されて孤独のなかで死んでいくために入院することになります。吐血などには私たちがちゃんとします。最期まで必ず対処します、いまはお母さんの一大事なのだから、少し無理をしてでも、皆さんおかあさんのそばにいてあげてくれませんか」と〉
ここで家族みんなの看取る力が一つになり、「逝く力」の支えになっていったのです。
この二人の語り口からは、これまで千人を超える人を看取り見送ってきた市井医ならではの、深い洞察とその立ち位置からの配慮が伝わってきます。
あらためて「人は〈いのち〉を受けとめる力をもっている」ということを教えられたのでした。
[お知らせ]3人の会が発足しました。
数年来「ホスピスは定着したのか、これでいいのか?」という問題意識を共有するようになっていた3人(山崎章郎・二ノ坂保喜・米沢慧)が3年前(2012年12月29日)、大阪に集まって語り合った4時間の内容を主にまとめたのが『病院で死ぬのはもったいない』でした。出版後には、日本ホスピス在宅研究会長崎大会、日本死の臨床研究会年次大会(別府)等でも3人で語り合う機会がありました。各地で運動体のような集いができたらと考えて、今年の1月11日、二ノ坂保喜さんの日本医師会赤ひげ大賞受賞記念祝賀会の席上、「3人の会」発足を宣言しました。
3人それぞれの経験や考えを各地で披露し、地域の在宅医・ホスピス運動家と共に語り合い、地域の人たちといのちを受けとめる運動を定着させることができればと考えています。現在、福岡県宗像市(9月)、佐賀県(8月)などから声をかけて頂いています。先ずは直近の6月14日(日)、「大和生と死を考える会」22周年記念講演会のポスターを添付しました。午後の4時間を割いて3人の講演とシンポジウムを予定しています。