厚生労働省の人口動態統計から「死因別死亡率の推移」を追いかけていくとすぐ分かることがある。出生率は減少し年間100万人を割ろうという気配に対して死亡者は年間150万人に近づいている。死因も悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患に加えて、近年は肺炎と老衰が順位をあげてきている。まさに長寿社会、高齢者の増大に見合った傾向である。
死亡診断書は、いつ・どこで・どんな理由で死亡したかが明示されるが、死亡原因に基づき死因の種類は次のように12番まで並んでいる。
1、病死及び自然死 2、交通事故 3、転倒・転落 4、溺水 5、煙・火災及び火焔による傷害 6、窒息 7中毒 8、その他の外因死 9,自殺 10、他殺 11、その他及び不詳の外因 12、不詳の死。
ほとんどが病死及び自然死。とはいえ死因は病気とはかぎらない。蜂に刺されて死ぬこともあれば、心疾患の患者が階段から足を踏み外して死ぬこともある。とにかく医師はこのどれかに〇印をつける(認定する)。死亡診断書の作成(出生証明書も)は“死亡診断書士”とでも呼ぶべき医師の特権事項なのである。たとえば、山の遭難事故等で「心肺停止状態で発見」という報道は医師による死亡認定以前の状態ということになる。葬儀・埋葬や戸籍抹消登記には不可欠の書式である。それだけに厚労省が発行している「死亡診断書記入マニュアル」は三十数ページと細かい指示も多い(ホームページで誰でも閲覧できる)。ことに死亡の原因欄には老衰や、終末期状態としての心不全、呼吸不全等はできるだけ記載しないようにと注意書きも細かい。
老衰死、病院死、在宅死
昨年、亡くなった日野原重明さんは、入院先の聖路加国際病院から自宅に帰り、経管栄養や点滴も断り静かに亡くなった(105歳)。見事な自然死。そして死因欄には呼吸不全と記載されていた。また、先頃亡くなった女優の朝丘雪路(82歳)さんの死因はアルツハイマー病認知症、とあった。著名人の死亡記事には死因に関心があつまるが、『「平穏死」のすすめ』の著者でもある特別養護老人ホームの常勤配置医師石飛幸三さんは「高齢者の死は大半が寿命であり老衰であり、病死とはいいがたい」と指摘している。「老衰」の記載を肯定している。
新著の『さいごまで「自分らしく」あるために』(春秋社)に収録された在宅ケア研究会の全国大会のシンポジウムで二ノ坂保喜医師が「死亡診断書の記載」にふれて、「老衰とはできるだけ書くな、とあるが、近年は在宅や施設で診た患者さんの中では明らかに老衰だといえる人たちが増えてきています。その体にはたしかにがんもあるが、がんで死ぬんじゃなくて老衰だと思うときは、僕は堂々と『老衰』と書こうと決めています」と発言している。
また、それに呼応してホスピス医の山崎章郎さんは「病院での死というのは、専門医によって管理された病死ということになるが、本人が希望されて家で亡くなる在宅死は家族によって支えられ、人生を生きぬいた物語として、老衰死は日本人には納得のいく“息をひきとる”という自然な死に方だ」という。
「老衰死」ができる地域の可能性
在宅医の高山義浩さんは『地域医療と暮らしのゆくえ』(医学書院)で、高齢者が自分らしく暮らせるように支えるのが「地域包括ケアシステム」だとすれば、老衰死ができる地域づくりと重なると指摘している。
高山医師は都道府県別の老衰死率と在宅死率を取りあげているが興味深い着想である。ここで在宅死はいわゆる自宅死を指してはいない。高齢者が日常生活をしている場を「在宅」と呼んでいる。各地で定着してきたグループホーム、サービス付き高齢者住宅など、食事を共にする場を含めて「在宅」と見なしている(政府の指針も同じ)。そこから「在宅医療」をとらえなおす指標を探し出している。その際の医療の役割は次の四つだという。
第1は療養支援。患者や家族の生活を支える観点からの多職種協働による医療の提供。
第2は退院支援。病気や障害をもって退院する患者が自分の人生をどのように歩むかを選択し、適切な医療やケアを受けながら生活するための支援。
第3は急変時対応。患者の病状が急変したときの緊急往診体制および入院病床の確保。
第4は看取り。住み慣れた自宅や施設など、患者と家族が望む環境での人生の最終段階における医療の提供。
これらの機能を医療がはたせば、たしかに在宅死(つまり老衰死ができる)を支える輪郭は見えるだろう。けれど、さいごに私たちが試されるのは「いのちある人あつまりて我が母のいのち死行くを見たり死行くを」(斎藤茂吉『赤光』)という場を描けるかどうかにかかわっている。
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